慈照寺@京都の世界遺産 地図





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賀茂別雷神社(上賀茂神社)  賀茂御祖神社(下鴨神社)  教王護国寺(東寺)  清水寺  延暦寺 
醍醐寺  仁和寺  平等院  宇治上神社  高山寺  西芳寺(苔寺)  天龍寺 
鹿苑寺(金閣寺)  慈照寺(銀閣寺)  龍安寺  本願寺(西本願寺)  二条城 



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Wikipedia引用
慈照寺(じしょうじ)は、京都府京都市左京区にある、臨済宗相国寺派の寺院。相国寺の境外(けいがい)塔頭である。室町時代後期に栄えた東山文化を代表する建築と庭園を有する。 室町幕府8代将軍足利義政が鹿苑寺の舎利殿(金閣)を模して造営した楼閣建築である観音殿は銀閣(ぎんかく)、観音殿を含めた寺院全体は銀閣寺(ぎんかくじ)として知られる。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。銀閣は、金閣、飛雲閣(西本願寺境内)とあわせて京の三閣と呼ばれる。 山号は東山(とうざん)。開基(創立者)は足利義政、開山は夢窓疎石とされている。夢窓疎石は実際には当寺創建より1世紀ほど前の人物(故人)であり、このような例を勧請開山という。 室町幕府8代将軍足利義政は文明5年(1473年)に子の足利義尚に将軍職を譲り、 文明14年(1482年)から東山の月待山麓に東山山荘(東山殿)の造営を始めた。この地は、応仁の乱で焼亡した浄土寺のあったところであり、近代以降も左京区浄土寺の地名が残っている。

Wikipedia引用
京都(きょうと、みやこ、きょうのみやこ、英: Kyōto)は、日本の都市の1つである。 都、京とも言い、歴史的には794年に日本の首都に定められた都城・平安京で、当時は日本の政治・文化の中心地であった。 「京都」の由来 東アジアでは古来、歴史的に「天子の住む都」「首都」を意味する普通名詞として京(きょう)、京師(けいし)が多く使用されていた。西晋時代に世宗(司馬師)の諱である「師」の文字を避けて京都(けいと)と言うようになり、以後は京、京師、京都などの呼び名が用いられた。 日本でも飛鳥京や恭仁京などが京都とも呼ばれた。平安京において「京都」が、定着したのは平安後期からで、京や京師という呼び名も併用されていた。その後、次第に「京の都」(きょうのみやこ)、「京」(きょう)、「京都」(きょうと)が平安京の固有名詞のようになり、定着していった。造都当時は「北京」とも呼ばれた。対して奈良のことを「南京」と呼んでおり、以後長らく奈良の代名詞「南都」として多用された。 京都と洛陽 ・長安 京都は、古く詩文において中国王朝の都に因み、洛陽、長安などと呼ばれた。


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